動揺しないということについて

印刷する

40代の女性を治療していたら、「この方は何事にも動揺しない方だなぁ」」と感じてしまった。長いことやっているとある程度性格がわかる。この方に、「あなたは動揺しなくて、我慢つよいでしょう。動揺しないということは例えばあなたのご主人がサプライズで花をプレゼントしてくれたとしても、あなたは『ありがとう。』で終わってしまうでしょう。少し大げさに喜べば、ご主人も嬉しいのにあっさり言うでしょう。子供から何かをされたときも同じでしょう。動揺しないのは良いことなのですが、相手はママに喜んでもらいたいわけですから、すこしオーバーに派手に表現してもいいのではないですか?」と言ったら、「確かにそう言うところはある。子供が熱がある時でも体温計で測り、問題なければ学校へ行きなさいで終わり。」「そういう場合はね、『あなた、こんなに熱があるけど学校休んだ方がいいんじゃない。大丈夫?』と子供に聞けば、『ママ、大丈夫だよ。』と子供は言うでしょう。そうしたら、『ママは心配だわ。何かあったらすぐに知らせなさい。』と言えば、『じゃ何かあったらすぐに言うから、ママ心配しないで。』となり、子供に自覚が出るでしょう。動揺しないというのは、少しあっさりしすぎる部分があるのです。身体的には動揺しないというのは我慢強いので、治療が遅れます。我慢し続けてかなり悪化してからようやく治療に来ます。これは良くないことです。少し驚くぐらいでいいと思うのですがいかがですか?」突然言われても困ると思うが、こんな会話をした。人は「共鳴と共感」で生きている。歌の歌詞ではないが、「肩をたたき合う」位の方がいいと思ってしまう。

2018年3月5日 | カテゴリー : 症例 | 投稿者 : 東洋鍼灸院 田中