生きる規範

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時々女性の口から、「人から何かを言われると成る程と思うし、違う方から違うことを言われても成る程と思ってしまう。いつも不安ばかりで取り越し苦労が絶えない。」ということをよく聞く。すこし難しい言葉だがそういう方は、「生きる規範(きはん-判断基準)」がない。例えば治療において規範がなければ、その場限りの治療になってしまい患者を治癒に導けない。子育てでもその場限りの方針は困る。百年の計とは言わないが、判断に困ったときにどうするかの基準は大事である。以前忠臣蔵を見ていたら、赤穂浪士が江戸にスパイに入り吉良上野介の様子を伺っていたら、ある事件に巻き込まれてしまった。普通ならこの事件を収めてから吉良の首を取りに行くのだろうが、この事件にかかわると大事な討ち入りに影響が避けられないと判断し、その事件をスルーしてしまった。大きな目的があるからそういう判断をするのである。赤穂浪士として浅野内匠頭の仇討ちという生きる規範があるから出来ることである。この規範がないとただ心配するだけになってしまう。時々心配しながら安心しているご婦人を見かける。「将来○○が不安。今度の△△は□□が不安。次回の○○は△△が出来ていないみたいだから不安。」不安不安と言い続けて安心している。少し日本人の生き方からこの規範が薄くなっているように感じている。

2019年6月2日 | カテゴリー : 症例 | 投稿者 : 東洋鍼灸院 田中