病院の待合室

病院勤務時代に午前の診察は9時からだが、早い患者さんは7時30分にはもう待合室にいた。
ある程度お年寄りのたまり場になっていて、「今日は○○さん来ていないけどどうしたのかしら、具合でも悪いのかしら。」としゃべっている。
長年通っているとどうしても病院の内部事情に詳しくなり、患者の主になる。
見慣れない患者を見つけると、「あなたはこの病院は始めてか?あなたは知らないだろうがこの病院の院長は奥さんに頭が上がらない。」などと言いふらす。
そして、「あなたは何処が悪いんだ。」と聞き、「高血圧です。上が160越えたんです。」と言おうものなら、「そんなのは大したことはない。俺なんか200をこえている。大丈夫だ。」と言ってしまう。なぜかこういう場面では病気の重い方の方が偉く感じるのは私だけではないだろう。
「この病院は心臓のいい先生は水曜日に来る。あなたが診てもらう内科は普通の先生だ。」こんな事も言ってしまう。
新しい患者さんも、「あ、そうですか。有り難うございます。」としか言いようがない。
入院患者になると病院内の事件が格好の噂のネタである。
「あの若い看護師は当直の後、化粧が取れている。」
「あの婦長は最近機嫌が悪いから気をつけろ。」
「泌尿器科の医者は月曜日はいつも二日酔いだ。」
挙げればキリがないが、こういう話を聞く度に、人は一人では生きていけないと思う。
どんな小さな集まりでも、人の噂が話の種である。
人は常に人と寄り添い、関わり、監視しながらされながら生きていると感じている。

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