肩もみと出世

これは松下幸之助先生のお話である。

あるとき、幸之助は、ある青年とこんな話をかわした。
「君、按摩ようするか」
「いいえ、しません」
「お父さんやお母さんの肩、もんであげへんのか」
「ええ、あまりもみません」
「それじゃあ、君は、あんまり出世できんな」
「按摩と出世と、いったいどんな関係があるんですか」
「太閤秀吉はね、若いころ按摩がうまく、それが気に入られて出世の道が開けたという。ほんとかうそか、よう知らんけど、小説にはそう書いてある。これは僕は、一面の真理やと思う」
「………」
「それはね、按摩自体のことより、結局は心の問題や。たとえば君が、緊急の仕事で課長といっしょに遅くまで残業したとする。そんなとき、君は若いからどうもないだろうが、君のお父さんと同じくらいの年の課長は、やはり疲れてくる。それを見て君が、“課長、いっぺん肩もみましょうか”と言ったらどうなるか。“そうか、それはすまんな”と言って背中を向ける課長もあるだろうし、“いや結構だ、ありがとう”と断わる人もいるだろう。しかし、たとえ断わったとしても、課長は君のそのひと言で、どれだけ慰められ、元気づけられるかわからない。そして課長の口からも“君、ご苦労さんやったな”といたわりの言葉が出てくるにちがいない。そういう心の通い合いが、職場を明るくし仕事の成果を高めることになるわけで、だから君がそういうひと言を、真心から言える人であれば、仕事もうまくいくし、みんなの信頼も得ることができる。出世もまちがいなしだと思うのだが、君はどう思うかね」

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