病名がつく安心感
小さい子が歩けなくて通っている。
病状は小児麻痺なのだが、正確な病名がつかないという。
親としては不安で、リハビリをしながら今後どういう治療を続けていくべきか相談にのって欲しいという。
現代医学は先ずはじめに病名をつける。
その病名に基づき治療法が決まる。
病名が決定しないということは、治療方針が決まらないことを意味する。
特に精神的な疾患の場合、病名というのは大きな意味を持つ。
例えば統合失調症の患者さんが何か他人から指摘された場合、「私今、統合失調症の治療中なの。」と言うと、言われた方も「あ、そうなんだ。」で何となく治まる。
しかし、「私少し精神的に不安定なんだけど、医者で病名もつかない。」と言うと、「難病?そんなに大変なの?」となる。
病名がつくことによって何となく納得してしまう感覚が人にはある。
「あ、○○病ね。」
「○○症候群、私の友達もそれ。」
こんな会話で何となく通じる。
こういう感覚は人間が持っているグループ所属要求である。
「私もそれ。」というだけで安心する。
仲間はずれは不安だということだ。
私からすれば病名が分からなくても治療して良くなればいいと思うが、患者さんの中にはどうしても病名をつけて欲しいという人が結構いる。
病名をつけられるだけで人は安心する心理がある。