治療の腹芸
巨人軍の川上監督が若いピッチャーを育てようとして、ベテランキャッチャーの森選手を怒鳴り飛ばした。「森、お前があんな球を投げろと指示したから打たれた。お前が悪い。」しかし現実は若手のピッチャーのミスであった。若手をいきなり怒鳴るとつぶれてしまうので、わざとベテランの森選手を怒鳴り、若手に反省させたという腹芸のお話しである。長年治療をしていると少しはこの腹芸が出来るようになってきた。今日来た病院関係者が五十肩で治療半ばであった。80%ぐらい良くなったから後は適当に通うだろうと考えて、「準卒業」と伝えた。しかし3ヶ月ぶりに身体を診たら頚や腰まで痛みが拡がっている。これは整形外科でステロイドの注射をしてもらわないといけないレベルなので、「必ず診察を受けてください。」と伝えた。しかしよく考えると私が肩の痛みを取ってしまうと、「この間の治療で楽になったから、医者に行かなかった。」となる恐れがある。そこで肩に注射の打ってもらいたいところの痛みは残し、周辺の治療のみをした。これで注射を打てば落ちつく計算である。昔なら痛みを取ることしか考えていなかったから、こんな判断はしなかったが、人相手の仕事なので、何でも痛みさえ取ればいいというものではない。今後の病気のリスク、生活での問題点、予防や治療法の選択などいろいろな事を総合的に考えて患者さんには行動してもらわないと困る。それをこちらがただ痛みを取ってしまえば、患者さんの行動をこちらが狂わせることになってしまう。最近はこんな腹芸がすこしできるようになってきた。おそらくこの患者さんは、「この間の治療で残った肩の痛みは医者ですっかり良くなり、なんか全身軽い。」と言うだろう。こういう報告を聞いた時が至福である。