老いと寺子屋

最近仕事をしていてつくづく思うことは、「自分のやっていることは寺子屋だなぁ。」ということである。
何を教えているかと言えば、「老い」である。
長いこと仕事をしてきてわかったことは、「人の老いは皆同じパターン」ということである。
20歳までの成長期は殆ど病気もせず元気でいいが、33歳ぐらいから明確に身体は変化し始める。
まず問題なのが体重増加、酷い方だと20歳より15kg増える。
そうなると坐骨神経痛が出てくる。
宴会と外食、不規則な生活が続き、久しぶりの同窓会では、「面影はあるけどね・・・。」と言われる。
その後胃腸を壊し、免疫が下がり、高血糖、高血圧になり、がんを患う方も多い。
皆身体の壊れ方が同じである。
だから身体を拝見して何が問題で、今後どうなる可能性が高く、何をすればいいのかを話している。
この話を聞きながら患者は勉強している。
最近では強者も現れて自分の症状がすっかり良くなり、他人の病気を見つけてはアドバイスをしている。
「そんなのはすぐに専門の所に行って診てもらわないと駄目。」
「その腰痛はお腹を治さないと良くならない。乳酸菌を摂りなさい。」
何処かで聞いた台詞を繰り返している。
そして答えられなくなるとすぐに飛んできて、
「○○と言われたんだけど、なんて答えれば良いの?」
「あ、それなら○○と言えばいいですよ。」
答えを聞くとすぐに飛んで帰り、相手に伝えているのであろう。
一人一人時間をかけているので何とも効率は悪いが、最近はこの寺子屋方式が威力を発揮している。
それは毎回色々な話をしている中で、ちょっとした患者さんの考え違いを修正できることである。
治療も長い方だと30数年目だが、こちらの意図する内容を正確に理解している。
考え方の核になるものがわかっているから、多少の応用問題にもちゃんと対応出来る。
昔聞いた話だがお坊さんが師匠から同じ話を700回聞いて、ようやく一言一句正確に伝えられるようになったという。
うちの患者さんも数えてみると月に2回の方は年間24回、10年で240回、20年で480回とお坊さんと同じとはいかないまてもなかなかの回数である。
やがてその方たちは年々友達から病気の相談が増え、自分は特別に何かやっているわけでもないのに、あまりに周りが病人ばかりになるだろうからその時に、寺子屋の効果と感じて戴ければ望外の喜びである。