子育ての基準-親は死んだものと思え
若い患者さんも10年20年と通ううちに結婚をしたり、子供が出来たりする。
子供が出来れば当然話す内容は殆ど子育てになる。
「最近うちの子供が学校に行かなくて・・・」
「うちの子は少し変わっていて、学校で友だちが出来なくて・・・」
「家ではゲームばっかりやっていて、勉強しなくて・・・」
「外では悪い事をしているみたいだけど、うちでは素直で二面性が怖い・・・」
新米のママででは悩みは尽きない。
結局生きる基準みたいのがないと色々な事に悩んでしまう。
私自身そんなに子育てに関わったわけではないが、基準はあった。
1.世界の何処でも金を稼げる人間になれ
2.親は死んだものと思え、困っても親を頼るんじゃない
3.一流はダメ、一杯いるから、超一流を目指せ
4.何の世界でもいいから、ニッチな世界のトップを目指せ
5.学者なら別だけど学校の勉強はそこそこでいい。大事なのは社会に出てからの社会学、人とのご縁は大切にしろ
これが何処まで正しいのかはわからないが、そんな基準でものを見ると、子供が学校に行かない場合、「学校に行かないのはいい、親が死んだ後どうやって金を稼いで生きていくかは考えているよなぁ?」「ゲームばかりやっているのはいい。それで稼げるか?」となる。
今の学校教育は色々な科目を満遍なく出来る子が優秀ということになっている。
しかし世の中で活躍している人は間違いなく一芸である。
かけっこが早いとか、楽器が上手いとか、歌や踊り・絵が上手いとか、会社の建て直しが得意とか・・・。
稀に大谷翔平みたいな二刀流はいるが、野球という眼で見れば一芸である。
子供が何か仕事を見つけ、技術を磨き、社会貢献の対価として稼げる人間になる。
親に明確な生きる基準がないと親の悩みは尽きない。