痛みさえなければ良い

常連の社長がゴルフや過食で背中を痛めている。
過食をすると膵臓の反応が左の背中に出るので我々はすぐにわかる。

「甘い物を取りすぎています。ご飯?お酒?」
「ちょっと会食が多くて少しだけお酒も増えた。気持ちお腹のベルトがきつい。」
「体重は?」
「そんなに変わっていないが、少しだけ増えているかもしれない・・・」

こんな会話をしている。
しかしこの社長、困った事に、「背中の痛みさえ取れればゴルフが出来る」と兎に角痛みだけ何とかしてくれと言う。
こちらにしてみると、甘い物の取りすぎやゴルフで背中が悲鳴を上げて止めてくれと言っているわけだから、当然食事制限や筋肉疲労に対処しなければならない。
仕事柄、背中の痛みを楽にするのはそんなに難しいことではない。
しかし食事制限や筋肉を休ませないで、背内の痛みだけ取ったら、またゴルフを目一杯やり出す。
そこで色々と考えてこちらも背中の痛みを全部取らず、敢えてあともう一歩のところで治療を止めた。

「最近なんか治療してもうまくいきませんね。」

以前みたいに綺麗に背中の痛みが取れないものだから、どうも社長はよそに通っていたみたいで、久しぶりに来た時に、「色々やったんだけどだめ、また診てくれる?」となった。
それでもこっちは痛みを全部取るとどうなるかわかっているので、「社長の背中は難しいですね。」などと言って、誤魔化している。
そんな事を続けていたらある日、社長の背中がほぼ治っている。
何をしたのか聞いたら、「あまりに背中が良くならないものだから、酒をかなり控えている。そうしたら背中が楽になった。」
「だから言ったじゃない」と言いそうになったが、何とか良い状態になったので、すこしこちらも気が楽になった。
長年この仕事をしているとこういう腹芸が出来るようになってきた。
もちろんこの社長、余り背中の痛みが続けば検査はもちろん、生活に色々と制限はかけるが、何とか自分でその気になったので良かったと思う。
しかしこうなるまでには時間がかかる。こちらも忍耐がいる。たまたまいい結果になったから良かったが、患者の中には全く生活を変えない方もいる。
患者心理として、「痛みさえなければ良い」というのはわかるが、しかしそういう状況になるには明確な理由がある。
そこを無視して痛みの治療は成り立たない。