身体の中の神様
ある先生から、「なんか田中先生はいつも楽しそうに仕事をされていますよね。」と言われ、「そうですね。長いことやっているからもう道楽です。感覚的には子供がプラモを作るのと全く同じです。簡単なプラモだとすぐに飽きてしまうので、なるべく難しいプラモ(難しい患者)が良いんです。すぐに治っちゃう人は飽きちゃう。ではどんなことを感じているかというと、少し偉そうに言わせて頂ければ、『人の身体の中に神を見ている』のです。以前ある大学で解剖見学をさせて頂いてから、人体に取り憑かれたというのが一番合っている言い方かもしれませんが、仕事をすればするだけ、深みにはまり、神様の考え方や身体を想像されたときのご苦労が、ほんの少しだけわかるようになってきたのです。勿論こんな事はできませんが、もし神様がここにお現れになりお話しできるとしたら、『神様、頚のこの血管の走り方もっとこっちを通しても良かったのではないですか?』とか『迷走神経のその曲がり方はないでしょう』と突っ込みたいところがもう山積みなんです。だから少しでも近づこうとしてのめり込んじゃう。そんな感覚です。」と言ったら、「それは道楽ではなく、道ですね。」と言われた。「治療道」という言葉があるかは知らないが、只々神様に近づきたいという気持ちが年々強くなってきていることだけは確かで、どうしても見たい・知りたいという感覚が消えないのです。たまたま患者の身体を借りて探らせて頂いているわけですが、難しい方程、面白いのです。患者さんにしたら迷惑かもしれませんが、これが本音なのです。中々良くならない方、お持ちしております。