「手術は成功しました」について
リハビリの仕事を長くやっていると、手術は成功したと言われるが、痛みが取れないという苦情を時々聞く。のところに「手術と完治」でも書いたが、患者は手術で全部症状がとれると思っている。医者は手術が成功したかどうかが問題で、症状が取れるかどうかはやってみないとわからないと思っている。術前に詳しい説明を聞いても中々うまくいかず、術後にトラブルが起こることがある。
患者「先生、手術の後しびれが取れません。」
先生「手術は成功しました。」
患者「でも、辛い症状があるのです。」
先生「手術は成功しました。」
患者「・・・・・。」
水掛け論になってしまう。
そんな事をいつも感じながら先日文春のある記事を読んだ。
天皇陛下の心臓手術で有名な順天堂大学天野篤先生の記事だ。
-下記文春より抜粋-
手術が終わって患者さんの家族に説明に行くと必ず聞かれる質問があります。
「手術は成功しましたか」。
手術中は心配で居ても立っても居られなかったでしょうから無理もないですが、外科医としてはこれには答えられない、いや、答えてはいけないと思っています。
2012年2月18日に天皇陛下の心臓手術を執刀させていただきました。
直後の記者会見でも「手術は成功ですか」と質問され、とっさに出てきたのが次の言葉でした。
「陛下が術前に希望されたご公務と日常の生活を取り戻されたときに、初めで手術は成功したといえます。その日が来るのを楽しみにしています」。
これは私か常々考えている手術観なのですが、ちょっと意外な返答だったらしく、メディアでもかなり紹介されたので、ご記憶の方もおられるかもしれません。
そもそも手術は患者さんを元気にするために行います。
元気になるというのは、それまで病気のためにできなかったことができるようになって日常生活を普通に送れたり、社会復帰できたりすることです。
つまり、病気による制限が取り払われた時点からが本当の意味での「手術の成功」です。
だからテレビドラマなどで医師が手術室から出てきて、「安心してください。手術は成功しました」などと言うのはまるでナンセンス。
手術直後の患者さんはまだ制限だらけです。
術後に合併症が起こる可能性もあり、医療安全的にも早々に成功などとは言えません。
実際の話、手術直後に「うまくいきました」と医師から告げられたのに、その後、合併症で亡くなったという事例もあります。
家族からしたら、「うまくいったと先生に言われたのに、どうしてお父さんは死んだのですか」と納得がいかない。
ここから医師への不信感が生まれたり、点滴取り違えなどの医療事故がからめば医療訴訟が発生したりするのです。
こんな場合、ほとんどの医師はこう言うでしょう。
「手術自体はうまくいった。合併症に対してもできる限りのことをした。残念だが、これが今の医学の限界だ」と。
しかし、これもおかしい。
患者さんは手術をしなかったら合併症も起こしていないからです。
医学的には、手術後に退院できないまま亡くなる「在院死亡」は、「手術死亡」とみなされます。
たとえ退院しても術後30日以内に亡くなった場合は「手術関連死」とされます。
どちらも手術と死亡との間に直接的な因果関係があると考えられるからです。
要するに、手術をしたが結局、回復せずに亡くなったのであれば、外科医の責任である手術死亡ということなのです。
手術死亡というと、術中や手術直後に亡くなることをイメージされるかもしれませんが、それは大昔の手術観であり、今の時代、そんなことは余程ひどい手術をしない限り起こりません。
話を戻すと、私が陛下の手術の成功を確信したのは、手術から3ヵ月後でした。
エリザベス女王即位60周年記念式典のための英国ご訪問を終えられ、政府専用機で羽田空港に降り立たれました。
そのお姿をテレビで拝見し、「手術は成功した」と心から安堵したのです。
患者さんが元気になって初めて手術は成功したと考える。
それは今や外科医にとっての通念ともいえます。
しかし、もしかしたらまだ旧態依然とした手術観の外科医もいるかもしれません。
これからご自身や家族が手術を受けるという方は術前の手術説明の際に、こう聞いてみてはどうでしょう。
「先生、手術は成功しますか?成功ってどういうことですか」と。
どんな答えが返ってくるかで外科の良識のほどがわかるかもしれません。