補聴器の話
以前、何事も八掛けの所で書いたが、補聴器もそれぐらいの感じがいい。本来10ある聴力が年齢と共に下がって6になる。何とか機械を使って8か9にしたい気持ちは分かるが、身体が反応してしまう。特に耳に問題がある方は胸鎖乳突筋(首の横の筋肉)が異常に硬くなる。これはストレスで硬くなるので、聞くためにどれだけ神経を使っているかがわかる。確かに耳が不自由だと困る場面はある。田舎のお袋も最近耳が遠くて困る。「お袋、風呂作って。」「え、風呂敷?」「違うよ、風呂だよ。」「え、ふくろうがどうしたって・・・。」まるで漫才である。これは持論だが、ある程度年齢と共に耳が聞こえなくなるのは悪いことではないと思う。ニュースでもいい話は聞かないし、友達や親戚から入ってくる話も法事だとか、具合が悪いとか、殆どお祝い事など入ってこない。ある程度聞こえないぐらいの方が幸せである。目もそうだが、私などは車の運転以外はメガネをしない。デパートに行っても何となく洋服を売っているぐらいはわかるが、殆ど見えない。買う物も無いから良いのだが、はっきり見えたら、あれこれと情報処理が大変である。年を取って色々なものに患わされないように神様がして下さっているのだから、困らない限り自然が良い。