熱海の女将の話

これは大分前に聞いた話だが、麻布の奥様が年に1度熱海の高級旅館に泊まるという。いつも女将が駅まで迎えにきて、滞在中一時も離れずにくっついているいう。初めは煩わしかったが、ある時からその有り難さがわかったという。というのも、ある時天ぷらを食べていたら、女将が「もうよろしいのではないですか?」と言ったという。麻布の奥様はどうしても食べたかったので、「いや、もう一つ頂戴。」と言って食べたら翌日下痢をしたという。声の調子、身体の動き、顔色などから女将が総合判断をして、お客様の体調を見ていたわけだ。そのことがあってから女将の言うとおりにしたら、とても体調良く過ごせたという。それ以来その旅館以外は行かなくなったという。この話を聞いて女将のプロ意識を感じた。一瞬たりともお客様の体調の変化を見落とさないという姿勢、実に見事である。実は同じような体験を道頓堀でしたことがある。かに道楽に入って普通のランチを頼んだ。食べ終わったあとにもう少し食べたいと思ったが、まぁいいやとそこで会計をした。腹八分である。そのあとお腹の調子は良いし、また行きたいとなる。お土産も買いたくなる。これがもし食べすぎていたら、本人が悪いのだけど、「かに道楽で食べて下痢した」となれば大変に事になる。おそらくかに道楽ぐらいの老舗になるとそういうこともわかって、ランチの量を決めていると思う。食べ終わって体調が良く、また行きたいと感じて気がついた。我々の治療の世界でも、ただ治せば良いというものではない。場合によっては諫め、なだめ、持ち上げ、最終的に身体が原因で失敗することのないようにする事が大事である。このプロのさじ加減の話は治療をしながら時々思い出す。

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