解剖を勉強させて戴いていたときは早く血管、神経、筋肉を見たいものだから、皮膚を開けてすぐに出てくる黄色い脂肪にはあまり気持ちが向かなかった。
最近は筋膜の勉強を超音波診断装置を使って続けていくうちに、脂肪組織の大切さが段々分かってきて、単にクッションの働きだけではなく、そこには神経血管が入り込んでいて関節の動きにまで影響を与えていることがわかってきた。膝やアキレス腱などの周辺には脂肪組織(fat pad)が豊富で、この脂肪組織を無視してはもう治療できない事もわかってきている。そうなると疎かにできない。鍼治療の場合、いかに神経や筋肉に対してアプローチするかばかり考えていたのが、ガラリと治療方針が変わってしまう。皮膚や筋膜も同じである。皮膚などはただ表面を保護しているだけではないし、筋膜もただ筋肉を包んでいるだけではない。科学が進むと今まではよくわからなかった事実が突きつけられ、考えたこともないような治療法が現実のものとなる。こういう経験をする度にいかに思い込みで仕事をしているかが分かる。よく大所高所から見てというが、普段は小所低所である。現実問題、脂肪に鍼を打つ場合、何から考えなければいけないかが課題となる。このペースで科学が進むとやがて、「爪に鍼を刺す」「眼球に鍼を刺す」「歯に鍼を刺す」など今では考えられない治療法も出てくるかもしれない。人の予想を遙かに超える人体の魅力は益々増すばかりである。