年配の常連さんが、眠気が取れないという。病院で頭を調べたりしても何も異常がない。こういう場合は鼻炎を疑うのだが、多少の睡眠時無呼吸症候群はあるものの、そんなに酷くない。あとは漢方薬を試したり、我々が頚を治したり、頭に鍼を打ったりする訳だが、その効果も限定的である。
そうなるとその患者は、「この眠気さえ取れれば・・・」となるが、しかし医学的にやるべき事は殆ど終わっている。ではどうするかである。
答えは「不良になる」である。
我々はよく症状が変わらない事を「症状固定」と言って、治療しても変化しない(治らない)事をさす。
手をつくしたが、変わらないからお手上げという意味である。
比較的症状が固定した人は真面目な人が多い。生活もきちんとしている。遊びがない。
症状があるからおとなしくしている。
無理はしない。
新しい事は何もしない。
時間を守る。
それはそれで結構な事なのだが、現状を打開するには少し荒療治に見えるかもしれないが、真面目をやめて頂きたい。こんな事を言うには理由がある。まず人間の脳は実は過酷を嫌う。できれはいつもの感じで最低限の能力で仕事をしたい。新しい事を覚えたり、複雑な仕事はこなしたくない。覚える事も大変だし、今までにないものなど対応したくない。これが本音である。だから年寄りみたいに、毎日同じ事を繰り返す生活は楽ができるのである。
毎日同じ生活でも症状がなければ結構だが、治らない症状を抱えているなら、敢えて脳に対して過酷にしていただきたいと思ってしまう。今までやった事のない事をする。
例えば、行った事のない場所へ行く。遠回りをする。当院での治療の帰りにいつもと違う道で帰る。突然昼から酒を飲んでみる。着た事のないような服を買う。突然カラオケに行く。とか・・・。
これを「不良になる」と表現しよう。
これをやるとお年寄りはくたびれてしまうから、「いつもと同じがいい」と言うだろうが、同じ環境で過ごしていて症状が固定しているのだから何か壊すしかない。
こういう内容を書くと必ず、「それで治るのですか?」と言われるが、それは分からない。
ただ言える事は「今のままでは今のまま」「少しでも脳や身体に刺激を与え、今までとは違う状態を作る中に可能性がある事を信じて」としか言えない。
しかし経験上、少し不良ややんちゃな人の方が治りがいいようにいつも感じている。
真面目な人は治りが悪い。
ただ間違いなく言えるのは、不良な人が突然真面目になるとすぐ治る、これだけは言える。