仕事柄、日本舞踊の方を治療することがある。
ある方が、「昔はお客様が役者を育てるという文化があった。今は中々そうはいかない。落語の志ん生も講座で居眠りをしていても客が、『こんな志ん生は滅多に見られない。寝かせておけ。』と言ったという。」
この話を聞きながら、昔の苦い体験を思い出した。
この仕事、若い時は中々食べられない。
どうしても病院とのかけ持ちをしないと収入が上がらない。
朝から病院勤務で夜は出張マッサージ、若くても体力が持たない。
夜の仕事で時々居眠りが出る。
当時はこちらが居眠りをしていても、「先生、手が止まっている。寝てるの?」とは案外言われなかった。
お客さんに「いや、こっちもぐっすり寝ていた。いい治療だね。」と言われて、こちらが居眠りをしていたことを攻めることなく諭してくれた。
しかしそう言われるとこちらはきつい。
怒られた方が楽であったが、時代がのんびりしていたのか、結構そう言う方が多かった記憶がある。
またある時は、また居眠りをして気がついたら、お客さんの鼻に指が入ってしまって、わずかの間だがこちらが気がつかなかった。
次の瞬間、「今日は鼻はこっていない。」と言われて、あまりの光景にこちらが赤面してしまった。
首を揉んでいたつもりが、手が滑り、鼻に指が入ってしまった。
今思い出しても赤面するが、そんな時もあまり怒られた記憶がない。
そして常連さんから、「お前、最近ようやくうまく揉めるようになったけど、20年前は酷かったよなぁ。」と言われてびっくりしてしまった。
自分ではいい治療をしているつもりが、20年間、下手な治療につき合ってお金を払い続けて戴いていた。
今から思うと申し訳ない。
こういう懐の深さに触れると、本気になる。
我々の世界でも、お客様が役者を育てるはある。
そういうお客様が減ったことは実に嘆かわしいことである。