昔の患者

これは古い話だが、病院勤務時代に病棟回りをしていたときに、おばあちゃんが「私はこの病院で死にたいの。」とよく言っていた。当時はその意味が良くわからなかったが、この年になると患者さんの心情は良くわかる。今まで何年も病院にお世話になってきたのであろう。勤めていたのが地域では大きな個人病院だったので、親子3代4代でかかっているのであろう。そしてその病院に愛着があり、よそへは行きたくない。先生や看護師も顔見知りである。自分はここで死ぬと思っている。回りの方は、「おばあちゃんの病気にはもっと大きくていい病院がある。」とアドバイスをもらっても行きたくない。この病院がいい。特別な治療を受けられなくてもいい、安心して入院していたい。そんな心情であろう。どれだけこの病院がおばあちゃんに安心感を与えてきたかがわかる。これは先生と患者の基本関係だと思う。田舎では一昔前、よく患者さんが、先生の見落としに関して、「しょうがないよ、先生が見落としちゃったらもう良いんだよ。」と言っていた。今ではすぐに訴えられるだろうが、何となくのんびりしたムードがあった。見落としは避けなければならないのは当然だが、患者が医者を許して、医者が救われるケースはよくあった。そこを医者が反省してまたスキルを上げる。医者も神様ではないから、見落としや失敗もある。患者が陰で藪医者とか言いながら、何となくまた通う。独特の人間臭さがあったように思う。少し昔を思い出した。

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