常連客の有り難さ

これはある方から聞いた話だが、昔からなじみの中華屋があるという。子供の頃からしょっちゅう行っているので、厨房の中の様子まで手に取るようにわかるという。そこは夫婦でやっていて、夫婦仲が悪いと大将が勢いよく塩胡椒をするので、チャーハンが塩っぱくて、喉が渇くからビールをもう一本頼んでしまうと言う。そしてキャベツの切り方も雑でいつもの野菜炒めと違うという。常連客もそんな事は慣れていて、「明日か明後日のチャーハンは塩っぱいぞ。」と常連同士がしゃべっているという。これは本当にすごい話で、どれだけ常連なのかわからない。以前落語で有名な志ん生さんが、高座で疲れ切って居眠りをしていたら客が、「寝かせておけ。同じ空気を吸っているだけでいいんだから。」と言ったという。これもすごい話で、今だったら、「舞台で寝るとは何事であるか」の大苦情であろう。我々も常連の患者さんで成り立っているので、学ぶところは多い。私も昔、「お前も昔は下手だったけど、最近ようやくうまくなった。」と言われたことがあったが、こっちは下手だと思っていないので、「患者さんが我慢していたんだ」と反省した。これは結局、常連客が食べ物屋さんにしろ、役者にしろ、我々のような職業にしろ、惚れているのである。昔から、「客に惚れるな、惚れさせろ」と聞いたことがあるが、その典型である。夫婦仲が悪くても味の変化を楽しむ客。それを笑いに変えてしまう「お店愛」、こういう話を聞く度に
仕事は常連客の深い懐と心意気で成り立っているとつくづく思う。

image_print印刷する