痛くないのが当たり前

ある程度の年齢になると、「膝が痛いのは当たり前、友達も皆どこか痛いと言っている」という会話をよく聞く。しかし身体にしてみたら迷惑な話で、「私が痛みを一々出さなくてもいい生活をして」と言っているだろう。以前から、「身体の中の2人」という話はしている。「本人の気持ち」と「身体の本音」である。「友達も痛い」と言っているのは、「本人の気持ち」で、「身体の本音」は「もうやめてくれ」と言っている。ではこういう場合どうやって折り合いをつけるかだが、1番いい方法は「痛くないのが当たり前」という生活をすることである。膝痛なら、痛くないように階段を降りたり、少しでも痛みを感じたら休んだり、痛くないのが普通というレベルまで持っていくことである。そのために病院や我々のようなリハビリは必要だが、痛くない生活を当たり前にすると、少しでも痛みを感じると身体は大騒ぎする。いつも痛いと多少痛くても何も言わないのに不思議である。私も以前肋間神経痛をやり、安静にせず無理して悪化したが、「痛くないのが当たり前」の考え方を取り入れ、少し痛くなったときに、「その痛いのは異常。じっとしていよう」と背中や腰を固定してすこし時間が経ったら、スーッと痛みが引いていった。「あ、こうすれば身体の本音君は暴れないのだ」ということを掴んだ。だから膝痛の方が、「階段を降りる時に痛いのがいつものことで当たり前」では身体は元に戻ろうとしない。身体に「痛くないのが当たり前」と覚えこませなければ治癒は遠くなってしまう。身体を痛がっている友達と慰め合っていても治らないのである。ちゃんと身体と向き合い、「痛くないのが当たり前」のための知恵や技術を施すことが大事である。

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