「火事だ」という権利

最近は回転寿司で社会性のない若者が、醤油瓶をなめたり、皿を戻した動画がアップされ、話題になっている。社長が訴えると言っているが、これは当然のことである。この問題は一体どこから来るのか、昔聞いた話が参考になるのではないかと思い披露したい。私も若い頃は社会性のない事をやった記憶はあるのでそのギリギリがワクワクする気持ちは分からないでもないが、最大のポイントは、「山で誰もいないところで、『火事だ』という権利はあるが、満員電車や映画館などで『火事だ』という権利はない。」ということだ。これは大分前に聞いた話だが、鮮明に覚えている。人は「火事だ」という権利はあるが、場所と状況ではその権利が行使してはならない。自宅の醤油瓶をいくら舐めても、親に怒られるぐらいだが、お店の醤油瓶を舐める権利はない。ここをはき違えている。本来ならこういう話を誰か偉い先生の講話や学校、家庭ですべきだろうが、中々そういう教えが伝わっていないのは残念なことである。こういう判断基準(規範)が疎かにされている事件が多いのは、情けない限りである。

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