やがて痛いと言ってうちに来ると恥をかく時代

今は当院のような仕事の場合は患者が必ず「痛い」と言って来る。治療をして痛くなくなれば来なくなる。実は私はこれにもの凄い違和感を感じている。痛いか痛くないかはマイナスかゼロかで、お金で言えば借金か貯金がないかである。以前、身体の貯金でも書いたが、本当に身体の調子が良いというのは、「何をやっても壊れず、すぐに自然回復出来ること」である。ここに人は喜びを感じる。いつも腰が痛い人は、いつも通りの痛みかかなり酷いかの二択で、無理をすれば間違いなく悪化する。時々痛くないことが夢みたいという。若い頃は目が覚めた途端、エネルギーに満ちあふれ、やる気満々で、歯を磨いても気持ち悪くなく、まるで幼子のように毎朝が新鮮だった。年をとるにしたがって段々朝は起きられなくなり、調子が悪いのが当たり前になって来る。友だちに聞いても皆同じ事を言うので、こんなものかなぁと思ってしまう。しかし実際当院に通っている方の中には学生時代のままの人もいる。そういう人は友だちと話をすると浮くからしゃべらないだけである。心地よい目覚めと何とも言えない体調の良さが人を幸福にする。心も体にもゆとりがあり、寄付みたいに何か世の中の役に立つことをしたくなる。こういう方は貯金治療をしている。具合が悪くないのに、メンテを欠かさない。我々東洋医学はめちゃくちゃ予防に強いのです。だからうちに来ても、「○○が痛い」とは言わず、「メンテ」とか「チェック」と言う。今はこういう人が常識ではないがやがては、「病院や鍼灸院に痛くて行くの?普段から身体の貯金はやっているの?そんな状況で幸福?痛くて病院に行くなんて考えられない。予防が1番大事なんだよ。」となるだろう。

image_print印刷する